このブログでは、トビリシで出会った友人たちとの何気ない時間も記録しています。今回は、ある誕生日パーティーで受けた刺激と、そこから考えたことについての話です。
一つ年上の友人が見せてくれた、経験の密度
先日は、元ルームメイトであり大切な友人でもある彼女の誕生日だった。彼女が声をかけた気の合う仲間だけで集まる、こぢんまりとした、それでいて温かみのある誕生日会だった。
26歳になった彼女は、私より一つ年上にあたる。とはいえ、これまで彼女が積み重ねてきた経験の密度は桁違いで、こうして「経験値」の高い人と話していると、ただお酒を飲んでいるだけの時間でも驚くほど面白く感じられる。
今日は、そんな仲間たちから受けた刺激と、これからの自分について少し言葉にしておきたいと思う。

それぞれの武器で戦う、個性豊かな仲間たち
彼女に限った話ではなく、今の私の周りにいる友人たちは、みんなそれぞれ独自のスキルを持ち、自分の足でしっかり立って「戦っている」感じがして、素直にかっこいいと思う。
誰もが、日本で言うところの「普通」のレールから一歩外に踏み出し、ここジョージアでの暮らしを自分の意思で選び取っている。だからこそ一人ひとりが強烈な個性を放っていて、一緒にいるだけでいつも新鮮な刺激をもらえる。
安定した「普通」の外側へ踏み出すことは、決して楽な選択ではない。それでも、自分の意志で人生を選んで生きている彼らの姿は、眩しく、そして誇らしく映る。

泥臭くても、「今日」を生き抜くということ
もちろん、海外での暮らしや自分の手で道を切り開いていく日々は、良いことや楽しいことばかりではない。思い通りにいかないことも、人知れず抱えている辛さも、それぞれにあるはずだ。
それでも彼らは、ただ嘆くのではなく、目の前の現実と正面から向き合い、「今日」という一日をしっかり生き抜いている。そんな泥臭いまでの生命力に触れるたびに、自分も負けていられないなと背筋が伸びる。毎日手探りの状態だとしても、とりあえず今やれることをやろうと思わせてくれる存在だ。
夜風と、デダエナ公園での締めくくり

彼女の家でひとしきりお祝いをした後、残ったメンバー数人で近くの「デダエナ公園(Dedaena Park)」へ移動した。
夜の広々とした公園で、心地よい風に吹かれながら、みんなで集まってサッカー観戦を楽しむ。特別なことは何もない時間だけれど、一日の終わりにふさわしい、穏やかで満たされた時間だった。
また明日からも、自分の足でしっかりと日々を歩んでいこう。今日という一日に感謝しながら、そう思う夜だった。
「今日を生き抜く」ための、ちょっとしたサバイバルギア
ちなみに、この街でタフに、そして自由に生きる友人たちは、持ち物ひとつにもその人らしさが滲み出ている。
今回集まった仲間の一人は、いつも腰のベルトに「ストラップ付きの栓抜き」をぶら下げている。日本にいた頃ならきっと気にも留めなかったであろう、そんな小さな道具が、ここでの外飲みやデダエナ公園の芝生の上では、この上なく頼もしいサバイバルギアに変わる。
腰からサッと栓抜きを取り出し、冷えたビールを開ける彼の姿を見るたびに、「自分のスタイルで生きるって、こういうことなんだろうな」と妙に納得させられる。



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