映画『Dune』とアリゾナの記憶。トビリシで蘇った“本物の砂の惑星”の話

アリゾナの風景 Culture

このブログでは、トビリシでの何気ない室内時間から広がった記憶の話も書いています。今回は、映画鑑賞がきっかけで、過去の旅の記憶が鮮やかに蘇った話です。

久しぶりの休日に選んだ映画

トビリシの部屋で、久しぶりにまとまった時間ができた。特にこれといった予定もなかったので、なんとなく手に取ったのが映画『Dune(デューン 砂の惑星)』だった。

ハンス・ジマーの重低音が響くなか、画面いっぱいに広がる圧倒的な砂漠の映像美に引き込まれていく。だが、観ているうちに、ふとある種の既視感を覚え始めた。

SFの中の架空の惑星のはずなのに、その岩の質感や、乾いた空気の雰囲気に、なぜか見覚えがある。窓の外に広がるジョージアの街並みをぼんやり眺めながら考えて、ハッと思い出した。以前旅行で訪れた、アメリカ・アリゾナ州の「アンテロープ・キャニオン」だ。

記憶の中の「本物の砂の惑星」

アンテロープキャニオン

あの日歩いた場所は、まさに映画のスクリーンに映っていた「砂の惑星」そのものだった。

何百年もの間、鉄砲水や風によって少しずつ削られてきたという岩壁は、信じられないほどなめらかな曲線を描いている。一歩足を踏み入れると外の音が完全に遮断され、不思議なほどの静寂に包まれる。

頭上を見上げると、狭い岩の隙間から一筋の青空がのぞき、そこから差し込む光が岩肌を照らす。太陽の角度が変わるたびに、赤茶色の壁面がオレンジや紫へと刻一刻と表情を変えていく。まるで地球ではないどこかの惑星に迷い込んだような、あの感覚は今でも鮮明に覚えている。

アンテロープキャニオン

細かい砂を踏みしめながら、圧倒的なスケールの大自然にたった一人で放り出されたようなワクワク感と静けさ。それが、部屋のモニターで観ていた『Dune』の映像と、頭の中で完全にリンクした。

映画が引き出す、旅の記憶

アンテロープキャニオン

映画を1本観るという何気ない行動が、引き出しの奥にしまわれていた過去の旅の記憶をふいに引っ張り出してくることがある。今回はまさにそれだった。

あの日、圧倒的な荒野を歩いた経験は、今でも自分のどこかに感覚として残っているのだろう。映画の余韻に浸りながらスマートフォンのフォルダを遡っていると、映画を観ていたはずの意識が、いつの間にかあの懐かしいアリゾナの赤い峡谷の底へ戻ってしまっていた。

ちなみに、今回観たのはこの一本。ハンス・ジマーの音楽を大音量で聴くだけで、部屋が一瞬で異世界に変わるのでおすすめだ。

スクリーンと記憶、二つの砂漠を旅して

映画のスクリーンに映る架空の砂漠と、自分の記憶の中にある本物の砂漠。この二つが不意に重なり合った瞬間は、旅の記憶というものがいかに鮮明に、そして長く自分の中に残り続けるかを改めて実感させてくれた。もし気になった作品があれば、部屋の明かりを落として、その一本を大音量で観てみてほしい。思わぬ記憶と繋がるかもしれない。

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