トビリシの棚で再会したオールドプルトニー。ウイスキー観を変えた一夜

トビリシの猫 Essay

このブログでは、お酒にまつわる思い出も記録しています。今回は、トビリシの棚で見つけた一本のボトルから蘇った、日本での夜の記憶の話です。

棚の前で足が止まった、懐かしいボトル

最近、酒売り場をあてもなく歩いていたとき、ふと見覚えのあるボトルと目が合った。

「オールドプルトニー」だ。

まさかこのラベルに再会するとは思っていなかった。棚の前で足を止め、その丸みのある独特なボトルのフォルムを眺めているうちに、思考は一気に数年前の日本の夜へと引き戻された。

当時はスナックのスタッフとして働いていた。夜が明けるかどうかの時間帯、店を閉めた後に先輩と繰り出すのが日課だった。向かう先は、街の喧騒から少し離れた場所にある、小さな隠れ家のようなバーだ。

正直に言えば、その頃の私はウイスキーに対して何の熱量も持っていなかった。飲むとしても居酒屋の安価なハイボールか、仕事帰りにコンビニで買う缶ハイボールくらい。「酔えればいい、太らないし」という程度の認識で、味の深みなど気に留めたこともなかった。

隠れ家バーのマスターが変えた、ウイスキー観

そんな私の固定観念を壊したのが、そのバーのマスターだった。

「これ、試してみますか」

勧められるがままに差し出されたのが、オールドプルトニー15年だった。立ち上る微かな塩気と熟成されたドライフルーツのような甘さ。スコットランド北端の港町で育まれたというストーリー。一口含んだ瞬間、脳内の「ウイスキー観」が音を立てて覆った。

仕事終わりの疲れた体に染み渡ったから美味しく感じたのか、それとも酒そのものが極上だったのか。おそらくその両方なのだろうが、あの夜を境に、ウイスキーは「ただの居酒屋のとりあえずドリンク」から「味わう楽しさを教えてくれる存在」へと昇格した。

しかも、糖質が少なく飲み方次第では太りにくいというオマケまでついてくる。すっかり魅了された私は、それからというもの、家飲み用にちょっと良いボトルを買ってみたり、バーに行くたびにマスターへおすすめを尋ねたりするようになった。

「ストレート至高主義」を裏切る美味さ

これまで様々な銘柄を飲んできた。中には手が出にくい高級なボトルもあったし、「ウイスキーはストレートやロックこそが至高」というウイスキー通の言説にも何度も触れてきた。

だが、それでも私の中でこのオールドプルトニー15年が今なおトップに君臨し続けているのは、ある決定的な理由がある。

15年熟成ならではの深い味わいを持ちながら、ソーダで割ったときにこそ、その本領を恐ろしいほど発揮するからだ。

もちろんストレートでも文句なしに美味い。しかし、炭酸を加えた瞬間に弾ける香りとフルーティーな甘みのバランスは、ストレートで飲む以上の感動をもたらしてくれた。「長熟のいいウイスキーほどストレートで飲むべき」という私が今まで聞いてきた常識を、見事に裏切ってくれたのだ。

いつか自分の店を持つ時に、カウンターに置きたい一本

決して手が届かないほど高価なわけではない。日常の少し上に位置するような、ちょっと良いウイスキー。それなのに、飲み方一つでストレートを超える化け方をする。この驚きと裏切りこそが、私がこのボトルを愛してやまない理由だ。

将来、自分がバーを開くときが来たら、このオールドプルトニー15年は絶対にカウンターに置いておきたい。かつて隠れ家バーのマスターが私に教えてくれたように、ウイスキーに馴染みのないお客へ「こんな飲み方があるんですよ」とそっとソーダ割りで差し出したい。

これから先、世界中のさまざまな街で、もっと多くの酒に出会うと思う。私の「お気に入りリスト」はこれからも更新され続けていくはずだ。

それでも、あの暗がりの中のバーで、仕事終わりに先輩とグラスを傾けたオールドプルトニー15年の衝撃だけは変わらない。私の中で、あれは永久に殿堂入りの一杯だ。

今回紹介したボトル

ストレートで飲みたい気持ちを一旦抑えて、ソーダで割って飲んでみてほしい。きっとあなたの常識を変えてくれるはずだ。

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